現代の搾取-サイバータリアート(サイバー・プロレタリアート)

まなびのあしあと

『差別と資本主義』(トマ・ピケティ他/明石書店)という本を読んでいたとき、こんな言葉に出会った。

「サイバータリアート」

サイバー?タリアート?アート?電子芸術?? 一瞬読み飛ばしかけたけど文脈が気になり過ぎました。 本の中では、現代の資本主義が「より隠されたかたちで、より深く、差別と搾取を構造的に埋め込んでいる」と語られていた。その文脈で出てきたのがこの言葉だった。

今回はこの言葉についてです。

サイバータリアートとは何か?

「サイバータリアート(cybertariat)」(またはサイバープロレタリアート Cyber-Proletariat )は、イギリスの社会学者ウルスラ・ヒューズ(Ursula Huws)が提唱した言葉です。

以下2つで、この概念を詳しく論じています。
・『Labor in the Global Digital Economy: The Cybertariat Comes of Age』 (2014年)
・『The Making of a Cybertariat: Virtual Work in a Real World』 (2003年)
NotebookLMに要約はこちら
(日本ではあまり知られてないけど、英語圏ではフェミニズムや労働研究の中で支え荒れている概念らしい)

この言葉は、「サイバー(cyber)」と「プロレタリアート(proletariat)」を組み合わせた造語です。マルクスガブリエルの「デジタル・プロレタリアート」と似た概念だと思います。

プロレタリアートとは、本来、資本主義社会において生産手段を持たず、自分の労働力を売って生きる労働者階級を指す言葉(マルクス主義用語)です。

つまり、「サイバータリアート」とは

デジタル資本主義のもとでのプロレタリアート 監視され、分断され、低賃金で働かされる新しい労働者階級のことです。

ウルスラ・ヒューズは、これを「かつての工場労働者のような集団」ではなく、個人に分断され、声をあげられず、より見えにくく、ただ使い捨てられる存在として書きました。

たとえば

スーパーのレジ係やAmazon倉庫の作業員
秒単位のスケジュールで動かされ、カメラで常に監視される

ウーバーイーツの配達員
自由に働けるようで、実際は休みにくく、天候や事故の責任は自己責任

スマホやPCで単発タスクをこなすギグワーカー
報酬単価は安く、雇用は不安定、社会的にも孤独

これらは、今もなお続くプロレタリアート型の搾取の形です。

そして、この構造は、アフリカで廃品を回収する子どもたちや、上海・バングラデシュなどの工場で働く「近現代の搾取」にも共通しています。職場や国、文化が違っても、彼らの労働力が「搾取されることが当たり前になっている」という構造の中にあるという点は変わらないのです。

まとめ

サイバータリアートというのは「自由に働ける」という言葉の裏側で、実は支えもなく、不安定なままにされている働き方のこと。
でもこれは「いつでも働かなきゃいけない」っていうことの言いかえになってるだけだと思う。

サイバータリアートは、概念であり世界の見え方を少し変える「視点」なのかもしれません。

たとえば──

見えなかった人たちが、少しずつ見えてくるかもしれない。
「安さ」の裏側に、何かを感じ取れるようになるかもしれない。
使う/使われるという関係を、一歩引いて眺めたくなるかもしれない。


最後には答えじゃなく、問いが残った

この言葉は、明確な「答え」をくれたわけじゃない。
だけど、「問い」を手渡してくれました。

ぼくたちは、このまま「便利」に包まれて生きていていいのか?
誰かの犠牲の上に成り立つ快適さに、目をつぶっていていいのか?

その問いを忘れずにいること。
それが今のぼくにできることです。

出典

• 『差別と資本主義』トマ・ピケティ他(明石書店, 2022年)

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