ダウンタウン活動再開 個人チャンネル 笑えない現実と、それでも考えたいこと

私は常にカッコつけていたい

テレビの中心にいたダウンタウン。
私ただ純粋にお笑いが好きでした。
2024年1月の報道を境に、純粋に好きで入れなくなりました。
そして、2025年夏、彼らは独自サブスク型プラットフォーム「ダウンタウンチャンネル」で活動を再開しようとしているそうです。


この再開に対して、今、私は迷いながらも言葉を残しておきたい。


確かに好きだったダウンタウン

子どもの頃、テレビの前で笑い転げてました。
世代的にごっつええかんじなどの作品は見たことはない。見てたのはリンカーンとガキ使とIPPONグランプリと水曜日のダウンタウン。

大金持ちだろうに庶民の感覚を忘れない笑いの感覚
とても鋭く、でもどこか人間くさい発想力。ボケもツッコミもリアクションも笑っていた。
松本人志という名前は、私の中でたしかにお笑いの象徴でした。

いまでも、お笑いは好きだ。
でも、こんなにも好きだったものを、「好きだ」と口にするのが、
少し恥ずかしく感じるようになっている。

週刊文春が報じた性的強要疑惑
もちろん、すべてが真実かはわからない。
けれど、そこを疑うことは本質じゃないと思う。
「女性をモノのように扱う」こと自体が、どんなかたちでも許されないと、強く思う。


ファンド立ち上げとその資金、問い続けること

吉本興業が立ち上げた数十億円規模のファンド。
出資企業は具体的には名前は出て兄けれど、もし、日常的に使っている製品やサービスが、このプロジェクトを支えているとしたら。
私は、それを無自覚に支持する側にはなりたくないです。使用を避けれるなら避けたいと思ってます。

本当に、そうありたいと思う。

松本人志さんだけでなく、浜田雅功さんまでも巻き込むかたちで始まるチャンネル。
個人の問題なのに、コンビの名前を背負うことには、素直に疑問を抱く。

媒体は独自プラットフォーム

テレビじゃないのは不幸中の幸い。無差別に見れてしまうってわけじゃなさそう。
YouTubeでもない。だれでも見れてしまうってわけでもなさそう。


完全有料制、独自プラットフォーム。
見たい人だけが集まる世界。
もちろん、それ自体をすべて否定するつもりはないです。

けれどもっと怖いのが、その閉ざされた場所では、
説明なしで自らの巣を作るのにも否定的だけど、見たい人だけなら最悪な手段じゃない。 でもそのせいでその巣の中のにいる視聴者にはこの異常さが伝わらないとおもうとさみしい、というかまずいと思う。痛みや違和感が届かなくなる危うさがあると思う。

そして、その中で「これが普通だ」と思われてしまうことが、
一番、怖い。


それでも問い続けたい

批判の声をなかったかのように始まる再出発。
懐かしさだけで包み隠されてしまう違和感。s

吉本興業はなにをかんがえているんだろうか

私は、見て見ぬふりをしたくない。
でも、声をあげることがすべてだとも思わない。
ただ、小さな問いを、ここに置いておきたい。

小さな行動を選びたい

  • もし違和感を覚えたら、
    それを無かったことにしないでいたい。
  • もし資金の流れが見えたら、
    誰がこの再出発を支えているのか、考えてみたい。
  • そして、
    自分自身が、無自覚な加害に加担していないか、問い続けたい。

最後に、そっと問いかけたい

私自身の立場から

私は、まだ答えが出せないでいる。

松本さんのテレビ復帰には、はっきりと反対だ。
あの出来事が「なかったこと」にされる未来を望みたくない。

けれど、独立したプラットフォームで、
見たい人だけに向けて発信するという選択肢については、
完全に否定しきれない気持ちも、どこかにある。

だからこそ、問いかけ続けたい。


このままでいいんだろうか。
笑いは、誰かを傷つけるためにあったんだろうか。

私は、まだ答えを持ってていません。
でも、黙ってやり過ごすには、大切なものを失ってしまいそうで怖い。

あなたは、わたしは、どう思うだろうか


好きだった彼は、もういない。

そう。

好きだった彼は、もういない。
それでも、
かつての自分を裏切りたくなくて、
いま、私はここに小さな問いを置いていく。

ちゃんと、向き合ってほしい。
逃げないでほしい。
説明してほしい。
過去に、そして今に、これからに

もしまた表舞台に立つなら、
MCとして人をいじる姿は見てられない。その罪も、弱さも、真正面から向き合って、
自分の存在を変えてみせてほしい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました